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2010年8月 2日 (月)

中庸と寛容

自分にちょうど良い状態。
過不足なく、ありのままの自分でいる状態。
時々、考える。
本来の自分・ゼロを取り戻そうと。

日々色んなことがある中で、立ち位置や足元はしっかりとしておきたい。
揺らがない自分の立ち位置を考える時、特になぜなのか”中庸”という言葉が浮かんでくる。


”寛容”
先日、免疫学者の多田さんという方の「100年インタビュー」というNHKの番組を観た。
自らが病に倒れリハビリを続け、回復の兆しが見えてきた矢先に、別の病にむしばまれてしまう。
奥様の介護に支えられ、命を削るような日々を送る中で、免疫学者であり、また個人であるその方から、遺言に近いような言葉が、インタビューを通して私たちに投げかけられた。
”寛容”
善いも悪いも全て受け入れる。

免疫とは異物を排除するものであるのに対し、多田さんは、「免疫とは、自己とは何かだ」と言ったそうである。
そこに、この寛容という言葉が、はめ込まれているようだ。

すごく奥が深いと思った。免疫を通して、人の人生を達観している気がした。
話す言葉がとても魅力的だと思ったら、文学青年であったらしい。
免疫学の他、著書も多く、能に造詣が深かったりと多彩な方だったようだ。


おそらく、多田さん自身の人生の大きなテーマとなっていたのが、この”寛容”だったのではないだろうか。
自らの人生を振り返った時、その言葉が大きな意味を持ったのではないだろうか、と思った。

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